スタッフブログ特別編(#6 祖谷のかずら橋 4/4)かずら橋はカテナリー?【構造編Ⅱ】

2023年06月14日

スタッフブログ特別編 ブラリ橋(#6 祖谷のかずら橋 4/4【Ⅱ】)

スタッフブログ特別編(#6 祖谷のかずら橋 4/4) 「かずら橋」はカテナリー?【構造編Ⅰ】の続きです。

■祖谷のかずら橋の構造(敷綱の構造)

昭和3年、有志の人たちの努力で「かずら橋」は再生を果たします(3/4歴史編参照)。このときから「祖谷のかずら橋」は鋼線で補強されるようになりました。敷綱など構造上重要な綱には、鋼線にシラクチカズラを添える形式としたことから、外観は同じでも、近代橋の「吊床版橋」と同じ構造の安全な橋として生まれ変わりました。

鋼線には、径14mmのワイヤロープが使われました。

鋼線の使用に伴い、それまで横木に巻き付けられていた敷綱(シラクチカズラ)は、近代橋に倣った定着方法が採用されます。それが、敷綱をアンカーブロック(コンクリート製)に定着させる工法です。残念なことに、アンカーブロックの形状など、定着方法の詳細を記した当時の資料は残っていません。

ところが、新生かずら橋誕生から60年、ある事態がこのアンカーブロックの形状を明らかにします。その思わぬ事態については後述するとして、このときアンカーブロックの形状を確認するため、現地掘削が行われました。一部の寸法は掘削が及ぼす既存施設への悪影響を考慮し、住民への聞き取り調査に変更されましたが、この調査によりその形状はほぼ判明しました。

アンカーブロックは意外に大きく、縦横1m、幅3mの直方体で、重さは7トンくらいと推定されます。

昭和63年の調査時点では、このアンカーブロックと横木は鉄筋(22mm丸鋼)とターンバックルで繋がれていました。(※ターンバックルとは、建設現場でよく見かけられるワイヤロープが緩まないよう締めることができる道具です。)

また、鋼線は昭和54年1月の架替時に、径14mmから径18mmのワイヤロープに交換されたことも分かりました。

復活した「かずら橋」はその後、祖谷渓観光の中核をなすことになります。

大正9年に開通した祖谷街道(1/4導入編参照)は、池田から祖谷へのアクセスを劇的に改善し、祖谷渓観光の発展に大きく寄与します。

昭和41年には「かずら橋」を訪れる観光客は年間2万人を数え、昭和49年の祖谷渓有料道路(現県道西祖谷山山城線)の開通が観光客の増加に拍車をかけます。

「かずら橋」を訪れる観光客は増加の一途を辿りますが、「かずら橋」が賑わいをみせていた昭和60年ごろ、「かずら橋」に、ある異変が生じます。そのときの様子を桧尾さんが話してくれました。

「祖谷のかずら橋」は、今は入場制限をしていませんが、昔は人数制限をしていたと聞いています。
実は観光客の方に説明することはないので、ご存知の方はほとんどいないと思いますが、昭和63年から、横木とアンカーブロックを繋ぐ従来の方法に加え、アンカーブロックをアンカーで地中の岩盤に固定する工法が追加されました。

この工法を採用したのには理由があります。昭和60年ごろのことです。「かずら橋」の入口(鳥居)の手前で、通路に細いひび割れが入るようになったのです。

このひび割れは、「かずら橋」を渡る観光客が少ない時は消えるのですが、観光客が増えると目立つようになりました。これは敷綱が引っ張られることにより、どこかの定着部分が動いているのではないかと思いました。

そこで、調査を実施したのです。その結果、敷綱の定着方法を抜本的に改めることにしました。それがアンカー工法の導入です。

横木と繋がれていたアンカーブロックは、新しくアンカー工法を前提としたコンクリート橋台(アンカーブロック)に作り直しました。この橋台は通路の下にあるので見えないのですが、橋台が動かないようにアンカーを地中の岩盤に挿入して固定しています。

それ以降は、3年毎の架替え時に橋台付近を掘り起こし、ワイヤロープが確実に定着されているか、錆などの異常がないかなどを人の目により直接確認しています。

そういうことで、今の「かずら橋」は十分な安全が確保されていますので、安心して渡ってもらいたいと思います。

昭和63年から、アースアンカー(昭和63年の規準改定によりグラウンドアンカーと改称された)という工法が導入されました。

また、同時に敷綱も、径18mmから径22mmのワイヤロープに交換されました。これで「かずら橋」の安全性は、格段に向上することになりました。

昭和63年アースアンカー工竣工時の写真   (三好市教育委員会提供)

「かずら橋」の敷綱が作るたるんだ形状は祖谷川の渓谷にマッチして、とてもきれいな景観を生んでいます。このたるみをサグといいます。2/4体験編で説明したように、「かずら橋」のサグ量はおよそ2mです。

サグをいくらにするかは、ワイヤロープに作用する張力の大きさに関係するので非常に重要なんです。ちょっと想像してみてください。太い重い綱を二人で引っ張るとき、綱が水平になるように引っ張るより、たるませておくほうが楽でしょ。

これとかずら橋の敷綱(ワイヤロープ)も同じことなのです。さきほど、敷綱のたるみはカテナリー曲線だといいましたが、この曲線の式を使えば、ロープにかかる力を計算できます。いつものようにやってみたいのですが、今回は少し長くなるので計算結果だけお話します。

正解! ・・・・・・・

■「祖谷のかずら橋」の敷綱にはどの程度の力がかかっているのか

ケーブルが自重により描く曲線がカテナリー曲線です。このような曲線は、ケーブルにかかる力のつりあいから、張力の式を導くことができます。式を下図に示します。
(※式の解法に興味がある方は、カテナリー曲線を解説するWebサイトがたくさんありますので、そちらを参照してください。)

この式を使って敷綱にかかる力を計算をしてみましょう。

(※ここに示す計算は、計算方法を紹介することが目的ですので、現在の「かずら橋」の安全性を数値的に検証するものではありません。)

計算に必要なものは、「W:荷重」「L:支間長」「f:サグ量」ですが、支間長は40.6m、サグ量は2mとします。

「W:荷重」は、敷綱(ワイヤロープ)の全長にわたって均等にかかるとして計算します。この荷重は、橋の自重と橋の上の観光客の重さです。橋の自重は、主にシラクチカズラと「さな木」、そしてワイヤロープ(径22mm)の重さですが、悩ましいのは観光客の数をどのように算定するかです。

観光客が橋の上でつくる行列は、どのような状態が最大なのでしょうか。普通の橋は対岸に行くために渡ります。一方「かずら橋」は、橋を体験することが目的の橋です。この違いが「かずら橋」特有の行列形態を生みます。

「かずら橋」の場合、人が押し寄せても通常の行列のように時間とともに人と人との間隔が詰んでくることはありません。橋を早く渡り切るより、橋を楽しむということが優先されるため、前の人との距離、いわゆるソーシャルディスタンスを長めに取ろうとする心理が働きます。

混雑しているように見える行列も部分的にはできますが、その場合でも1mに一人程度で、橋全体に渡って混雑状態が広がることはありません。

このような「かずら橋」の特殊性を踏まえて、観光客の荷重をどのように見積もったらいいのでしょう。
ここで読者の方は思うかもしれません。「近代橋の設計では規準があるのでは?」。実は小規模な吊橋を設計するときに適用する規準(注1)があります。
前振りが長くなりましたが、今回はこの規準を使うことにします。

規準では「かずら橋」のように、通行者が集中する恐れがないと認められる橋にあっては、100kg/mの荷重を使ってよいとなっています。

1m当たり100kgというのは、男女を合わせた平均体重を仮に60kg/人とすると、およそ100人が「かずら橋」の上にいることになります。この100人が2列に並んだとすれば、一人の占有幅は80cmくらいになります。「かずら橋」では起こり得ない行列です。

しかし、物理的にはあり得ますので、この数字を使ってみましょう。幅員1.5mの「かずら橋」には1m当たり150kgの荷重となります。

計算に必要な荷重をまとめると、

274kg/mを敷綱1本当たりに換算すると、55kg/m(274/5本=55)になります。

この値を式に当てはめてみます。(※計算は国際単位系ではありません。)

ワイヤロープにかかる張力は、およそ6トンとなりました。敷綱に使われているワイヤロープ(径22mm)の切断荷重は30トン程度(注2)と思われます。

(※以上の計算は、敷綱のワイヤロープ5本が均等に荷重を負担すると仮定していることや、シラクチカズラなどの重量が推定の域を出ないことなどから概略計算です。)

■アンカー工法

次に、敷綱にかかる力を地中で固定するアースアンカーについて説明しましょう。アースアンカーは左右岸4本ずつ施工されているそうです。

アンカー工を施工するときに始めにすることはボーリング調査です。ボーリングマシンで穴を掘り地中の岩盤がどのくらいの深さにあるかを特定します。次に、岩盤のどの位置にアンカーを定着するかを決め、必要なアンカーの本数や長さを計算します。

アンカーの長さが決まると、その位置にボーリングマシンで削孔し、グラウト(セメントミルク)を注入します。その後、「PC鋼より線」という鋼線を挿入します。

最後に、グラウトが固まるとアンカーを緊張し、定着具でアンカーブロック(コンクリート橋台)に定着します。

こうして、「かずら橋」の敷綱にかかる引張力は、安定した岩盤で支持されました。アースアンカー工法は、道路の擁壁や地すべりを抑止する構造物など、土木構造物には数多く採用されている工法です。

「かずら橋」までの道すがら、壁面にピンのような突起物があるのを見たことがある方も多いと思いますが、あの突起物がアンカーを定着する金具です。

■くも綱とぶち木の役目

「かずら橋」の構造を語るとき、もっとも重要な部材について触れるのが後になりました。それが天から下りてきたように見える神秘的な「くも綱」、そして「かずら橋」に力強さを与えている腕相撲覇者の腕のような「ぶち木」です。

やっぱり、「くも綱」があるから、「かずら橋」は吊橋のように見えます。あの綱がどこから下りてきているかを気にしたことはありませんが、橋を渡り始めると太い綱が自然に視界に入るので、とても安心感がありますね。

確かにそのとおりです。「くも綱」がない「かずら橋」はあり得ませんね。ところが、構造的にどうかと言えば、今は構造上、重要ではないのです。あくまで、「今は」ということなんですが。

「くも綱・ぶち木」については、「くも綱とぶち木で吊る構造が大きな揺れを防ぐ効果を生んでいる」というようなコメントが観光客の皆さんが記したブログだけでなく、少し専門的と思える文書にもみられます。しかし、これは今の「祖谷のかずら橋」には当てはまりません。

杉の木から垂らされた「くも綱」は、ゆったりした弧を描き「かずら橋」の両端に留められています。この形からも「くも綱」が「かずら橋」を引っ張っていないということは容易に分かりますが、これを体感しようと思えばできるのです。

「かずら橋」が初めてという方には勧めませんが、もし何回目かという方は中央付近まで渡ったとき、他の観光客の迷惑にならないように、「くも綱」に軽く手を触れてみてください。

観光客が渡っているときでも、指1本で軽く押せば、その人達に気づかれることなく「くも綱」を揺らすことができます。「くも綱」は「かずら橋」本体の動きとは関係なく自由に揺れるのです。つまり、橋本体の揺れを防止するような役目は果たしていないことが分かります。

「くも綱」はゆるやかに垂れ下がっていますが、昔の「かずら橋」は違います。昔の絵図や写真をみると、斜張橋のケーブルのように直線的に張られています。まずは、「2/4歴史編」にも紹介した絵図を今度は「くも綱」に注目して見てください。

徳島県立図書館デジタルライブラリー 阿波名所図絵(掲載許可徳図第29号)

「祖谷のかずら橋」とする絵図です。左右岸ともに両岸の木の枝から、「くも綱」が何本も張られています。人が渡れば敷綱がたるみ、それによって生じる揺れを「くも綱」により軽減させていたと思われます。
「くも綱」に関しては、他の絵図にも直線的な「くも綱」が多数描かれていますので、昔の橋はこのような張り方だったのでしょう。

下の絵図は、善徳ではなく祖谷地方の別のところに造られたかずら橋の絵図です。岸の付近に適当な大木がない場合、「くも綱」がどのように張られたかが分かる絵図です。

徳島県立図書館デジタルライブラリー燈下録二 (掲載許可徳図第29号)

木の枝から「くも綱」を下ろせない場合、大きな岩に二本の木を固定し、そこから綱を張っています。残念ながら木の固定方法が分かりませんが、「祖谷のかずら橋」で言えば「ぶち木」に相当すると思われます。
下の写真は、下流から「祖谷のかずら橋」を撮った写真です。左側(右岸側)に張られた「くも綱」と「ぶち木」は一体になっているように見えます。

徳島県立図書館デジタルライブラリー 阿波国祖谷のかずら橋絶景(絵はがき) (掲載許可徳図第29号)

上の写真を拡大してみます(下の写真)。興味深いのは、「くも綱」の途中から、吊橋のメインケーブルから下りる吊材のように、綱が垂直に下りて橋本体を吊っているように見えることです。これを見ると近代橋の吊橋のような発想があったのかと思えますが、恐らくこれは「くも綱」の緊張力を途中から調整したものと思われます。

これらの写真や絵図から言えることは、たわみによる揺れを最小限にするため、岸近くの生木と「ぶち木」を利用して「くも綱」を下ろし、橋本体を支えていたということです。

さらに、この事実から分かることは、現在の「かずら橋」では、あたかも別の構造部材のようにみえる「ぶち木」は、「くも綱」を張るという同じ目的から派生してできたものと考えられそうです。

徳島県立図書館デジタルライブラリー 阿波国祖谷のかずら橋絶景(絵はがき) (掲載許可徳図第29号)

このような工法は、「祖谷のかずら橋」で使われた独創的なものかと思いたくなりますが、「祖谷のかずら橋」に限った工法ではありません。

「くも綱」のような綱で引っ張るという方法は、中国の古い絵図でも見ることができます。かずら橋本体もそうであるように、このような橋の建設に携わった先人たちの知恵により、試行錯誤を重ねるうちに自然発生的に生み出された工法といえそうです。

ここで、近代橋を見てみましょう。面白いことに人類は近代的な吊橋をつくるときも、かずら橋の建設者と同じ発想をしたのです。現代の橋は、電子計算機を使った緻密な構造計算に基づいています。しかし、19世紀、科学的な計算もさることながら、力学的挙動に対する直観的な理解力を必要としました。

近代吊橋の原型は、ニューヨークの観光名所の一つであるブルックリン橋と言われています。1883年開通の中央径間486mの吊橋ですが、当時は、これほど長い橋を架けるのは不可能と考えられていました。

この橋を設計したのは、ドイツ生まれの土木技術者「ジョン・ローベリング(John Roebling)」でした。吊橋の設計について、彼の言葉が残されています。

「何にもまして大切なことは、たわみやすいケーブルを拘束するための、ケーブルステイの使用です。振動する際に最も激しく揺れる箇所をすべてステイで抑えて、安定させてしまうのです。」(文献1)

ここでいう「ケーブルステイ」が、上の写真でタワーから蜘蛛の巣のように下がっているケーブルのことです。前述のかずら橋の絵図と見比べてください。まるで同じように見えます。

まさしく、「くも綱」ですね。吊橋は、メインケーブルから真っすぐ下りるロープだけで吊っているのかと思っていたら昔はこんな吊橋もあったのですね。

それから、余計なことですが、上の写真を撮ったMOさんに聞いたら、この橋を歩いたけど、こんなケーブルがあったなんて覚えてないって言ってました。(´∀`*)アハハ

実は、ケーブルステイは、身近な吊橋にもありますよ。

身近というと?

下の写真を見てください。吉野川に架かる国政橋や美濃田大橋です。

国政橋(三好市山城町―三好市池田町)
美濃田大橋(三好市井川町―東みよし町)

知らなかった!

「ぶち木」について付け加えておきます。「ぶち木」は「とり木」の横に固定して斜め前方に突き出され、そこから橋を吊る部材です。

昔の一時期の写真と今の写真を比べると、「ぶち木」から下りる綱(ロープ)に違いがみられます。この綱は、今は高欄の「うわでとり」に結ばれていますが、昔は敷綱まで下ろして、そこに結んでいたようです。

敷綱にワイヤロープを使っていなかった昔の「かずら橋」の場合、今で言う入口・出口に近いところは、橋へのアクセスが急勾配にならないように、ことさら敷綱のたわみを抑える必要があったと思われます。

しかし、ワイヤロープが太くなり、一定の張力で張られるようになると、「ぶち木」にたわみ抑制効果を期待しなくてもよくなりました。

「ぶち木」と敷綱との接続は昭和63年のアンカー工法採用時には、まだそのままでしたが、それ以降の架替のときに、「うわでとり」だけに結ぶ現在の方法に改めたのだと考えられます。

現在の「ぶち木」は、「くも綱」と同じように揺れを直接防止する役目は果たしていませんが、それでも「祖谷のかずら橋」にとっては、荘厳さと安心感、さらには橋の構造美を同時に達成する、優れた部材であることは、論を待ちません。

やはり、「くも綱」や「ぶち木」は大事な部材ですね。ところで、とても大切な「くも綱」なんですが、「くも綱」を繋いでいる杉の木の状態を心配してるんです。

今は大きな力がかかっていないとはいえ、ずっと同じ方向に引っ張られています。それに、周辺が舗装されて水の浸透が十分ではないというのもあります。とにかく、大切な木ですから、枯れることがないように十分な対策が必要ではないかと考えています。

■高欄(うわでとり・なかでとり)の効果

最後に、「祖谷のかずら橋」の剛性を高くすることに重要な役目を果たしている高欄(うわでとり、なかでとり)について少し触れておきます。

剛性というのは、「曲げやねじりの力に対して、寸法を変化させないようにする度合いのこと」をいいます。簡単に言えば壊れにくさのようなものです。

近代橋の吊橋を見てもらえれば分かりますが、橋桁の部材は、三角形を基本としたトラス構造になっています。(※トラス構造については、「ブラリ橋#1那賀川橋りょう」で説明しています。)これは、風などの力に抵抗し、変形しづらい構造です。そのため、桁の剛性を補強するという意味で、このような桁を補剛桁と呼び、吊構造の橋にはなくてはならないものです。

「かずら橋」の場合も、この補剛桁のように高欄と敷綱が一体となって橋の剛性を高めています。

吊床版橋は橋の中央のたわみ(サグ量)を小さくし、できるだけ橋面を水平に近づければ、通りやすくなりますが、代わりに、ケーブルに大きな張力がかかります。「祖谷のかずら橋」で言えば、敷綱にかかるこの大きな張力が橋の剛性を高めます。

「かずら橋」は敷綱の張力だけで一定の剛性が確保されているわけですが、普通の橋とは異なり、高欄のワイヤロープが敷綱とは独立して両岸の「とり木」に結び付けられています。

このロープから「かべ綱・もつい綱」が下り、敷綱に固定されています。船をつなぎ留める綱のことを「もやい綱」といいますが、まさしくあのようにしっかり結ばれているので、「かずら橋」の剛性を、このワイヤロープを主体とする高欄がさらに高めるという効果を生んでいます。

近年、シラクチカズラの採取量は6トンくらいに増えているそうです。昔と比べると高欄などに装飾されるシラクチカズラの量が多いというのは、「かずら橋」を写した古い写真で確認できます。これが「かずら橋」の芸術性を高めていることは論をまちませんが、剛性にも幾ばくかの貢献をしているように思います。

帰するところ「かずら橋」は、高欄と敷綱のワイヤロープによる張力と、高欄と敷綱のボックス形状による剛性の高さにより、安全で、適度なスリルを楽しむことができる、まさに「秘境祖谷」の誇れる秀逸な橋になっているのです。

カズラで作られてるからちょっと不安だったけど、本当はぜんぜんそんなことはないということですね。

さて、桧尾さんに長時間お付き合いいただきましたが、これが最後の質問です。「かずら橋」は台風や集中豪雨などで壊れたことはないのですか。

「祖谷のかずら橋」は観光橋ですので、そんなときは通行止めになります。私が知る限りでは、昭和63年に「かずら橋」が新しい構造になってからは、気象災害はありません。

そうなんですね。よかったです。
さて、そろそろ「かずら橋」の話は終わりということでいいでしょうか。

「シラクチカズラ」と「かずら橋」の架替について、もう少し桧尾さんに聞きたかったですが、それはまた別の機会があればということで、今回はこれで終わりましょうか。

分かりました。それでは、4編にわたる長い話になりましたが、最後まで読んでいただきました皆様、本当にありがとうございました。最後に桧尾さんにもお礼を申し上げます。ありがとうございました。

いつか「ひらら焼き」を食べに行きます!!

いつでもどうぞ!

嬉しいことに、いよいよ祖谷観光においてもコロナ前の賑わいが戻ってきました。これからも祖谷地方の魅力を発信していきますので、祖谷に来られたことがないという方は、是非足を運んでいただきたいと思います。また、もう一回「祖谷のかずら橋」を渡って、今回のブログの内容を確かめてみたいという方も大歓迎です。心よりお待ちしております。

参考文献

  • 吊橋の文化史 川田 忠樹 技報堂出版 
  • ニューヨーク・ブルックリンの橋 川田 忠樹 科学書刊株式会社

注釈

注1)
小規模吊橋指針・同解説 社団法人 日本道路協会 丸善株式会社

注2)
22mmのワイヤロープは、構造用ストランドロープ7✕19径22.4mmと思われるので、この場合、切断荷重は31.8t(312kN)である。

謝辞

本ブログを作成するにあたり、桧尾良和様には貴重な資料の提供や多くの助言をいただきました。また、三好市教育委員会様には、資料の提供だけでなく、「かずら橋」についてご丁寧にご教示いただくとともに、現地調査においても、ご配慮をいただきました。本当にありがとうございました。

TOP